今回は、脳卒中関連の医学誌ではメジャーな『Stroke』に掲載された興味深い今年の論文をご紹介します。
タイトルは「救急部門における救急医および神経内科医による虚血性脳卒中の見逃し」、著者は米国ペンシルベニア州のアビントンという町にあるAbington Hospital神経内科所属の医師です。
虚血性脳卒中は麻痺や言語障害といった神経後遺症が問題となります。そのため、救急部門における虚血性脳卒中の見逃しは、t-PAによる経静脈的血栓溶解療法やカテーテルによる血管内治療といった時間との勝負となる治療の機会を逸することになり、医事紛争に発展する可能性が高いといえます。
なお、日本では、虚血性脳卒中の初期診療を救急医や脳神経外科医が担っていることが多いのですが、米国では脳神経外科医ではなく、神経内科医が担当しているという違いがあります。 それでは論文の要点をまとめていきます。
原著のタイトル:Arch AE, Weisman DC, Coca S, et al. Missed Ischemic Stroke Diagnosis in the Emergency Department by Emergency Medicine and Neurology Services. Stroke. 2016 Mar;47(3):668-73.
方法:
2013年2月から2014年2月の期間に、教育・研究病院(大学病院など)および大規模な地域病院の救急部門を受診した虚血性脳卒中患者465例を解析対象としています。内訳は、教育・研究病院の救急部門を受診した例が280例、大規模な地域病院の救急部門を受診した例が185例です。
結果:
合計465例のうち、なんと103例 (見逃し率22%) の虚血性脳卒中が初期に見逃されていました。
内訳は、教育・研究病院が55例 (見逃し率20%)、大規模な地域病院が48例 (見逃し率26%) で、この2群の病院間で見逃し率に統計学的有意差はなかったとされています。
そして、見逃された症例の33%は発症3時間以内、11%は発症3-6時間以内に受診しています。つまり、見逃された症例の半数近い44%は、t-PAや血管内治療の適応となる時間内に受診していたことになります。
見逃しと関連の高い症状としては、悪心・嘔吐、めまいが挙げられています。
後方循環系脳卒中の37%は初期に見逃されたのに対して、前方循環系脳卒中で見逃されたのは16%で、後方循環系脳卒中の見逃し率が有意に高かったとされています。
結論:
後方循環系の虚血性脳卒中に伴う悪心・嘔吐、めまいといった非定型の症状は誤診につながる危険性があり、このことは、教育・研究病院、大規模な地域病院のどちらにも該当するといえます。今後の課題は、見逃しを減らすための救急部門におけるシステム、ツールの評価に焦点をあてる必要があると著者は述べています。
以上が論文の要点です。
後方循環系 (つまり椎骨-脳底動脈系) の虚血性脳卒中としては、主に脳幹梗塞、小脳梗塞が挙げられます。これらの診断は確かに難易度が高く、身体所見や頭部CT検査では判然としません。ここで威力を発揮するのは、MRI・MRA検査です。今回の研究は米国におけるものですが、MRI機器の台数は、OECDの2014年の報告によると日本が52台/人口100万人、米国が38台/人口100万人とそれほど大きな差はありません。ただ、日本では、脳梗塞が疑われた場合、すみやかにMRI検査を実施するのが一般的です。それに対して米国ではMRI検査の敷居が非常に高いと思われます。幸いなことに、我が国では虚血性脳卒中に対するMRI検査体制が高度に整備されています。
したがって、重大な後遺症が問題となる虚血性脳卒中の診断において、その可能性を少しでも疑った場合は速やかにMRI・MRA検査を実施して診断を確定することが必要です。