(2019.7.4)
代表医師の中嶋です。
高齢者は,運動機能の低下によって,転倒の危険性が高まります。
医療機関に入院中であっても,転倒を完全に防ぐことはできません。
もちろん,入院時の適切なアセスメントに基づいた転倒・転落防止策をとることは必須です。
高齢者の転倒・転落による頭部外傷では,受傷直後に普段通りであっても,その後,状態が急激に悪化して,死亡する例もあります。
頭部外傷の事実を確認していたのに,対応が不適切であったと疑われる,具体的には頭部画像検査を実施しなかった,専門医へ紹介しなかった等の場合,患者さん側と医療機関側との間で紛争に発展し,診断の遅延と死亡との因果関係が争われることがあります。
こういった事例は,私の鑑定経験上,決してまれではありません。
今回は,抗血栓薬(抗血小板薬・抗凝固薬)を服用している高齢者が頭部外傷を受けたときの注意点について,”Think FAST” campaignの紹介も含めて解説します。
高齢者の頭部外傷は予後不良
高齢者の転倒は,加齢による身体機能の低下や認知症による判断能力の低下などが影響し,本邦では,高齢者人口の増加に伴い,高齢者頭部外傷も増加しています。年齢は頭部外傷における独立した予後不良因子とされ,高齢者の頭部外傷は若年者と比較して生命予後,機能予後ともに圧倒的に不良とされています。
Talk & Deteriorateに注意!
頭部外傷後,初診時の意識状態が良好で,会話も可能であったとしても,その後,急速に悪化することがあります。このような臨床経過は,Talk & Deteriorateと呼び,高齢者に多いといわれています。急性硬膜下血腫では,受傷直後より意識障害を認める例が約3分の2,Talk & Deteriorateを認める例が約3分の1といわれています(文献 脳神経外科学改訂第12版,1910頁)。
高齢者の頭部外傷におけるTalk & Deteriorateの要因として,急性硬膜下血腫の遅発性増大が重要です。高齢者は脳萎縮によって硬膜下腔が拡大しているため,急性硬膜下血腫による頭蓋内圧の上昇を緩衝する間隙が大きいといわれ,症候を呈するまでに時間がかかるとされています。しかし,高齢者では脳の柔軟性が低下しているため,一旦,圧が緩衝されなくなると急速に悪化し,神経症候は重篤な状態に陥ります。
抗血栓薬服用中の頭部外傷は危険!
高齢者では,抗凝固薬や抗血小板薬といった,いわゆる抗血栓薬を服用している場合が少なくありません。
日本脳神経外傷学会の重症頭部外傷登録事業である日本頭部外傷データバンクの集計でも,2015年から2017年に登録された65歳以上の高齢者頭部外傷のうち抗血栓薬を内服している率は約30%でした。
抗血栓薬を服用している者が頭部外傷を受傷した場合,外傷性頭蓋内出血のリスクや増大のリスク,さらには転帰不良のリスクが高いといわれています(文献 脳神経外科ジャーナル 2014; 23: 965-972)。
日本頭部外傷データバンクにおける解析でも,Talk & Deteriorateの頻度が抗血栓薬を服用していない患者群では17.8%であったのに対し,抗血栓薬を内服している群では約30%と有意に高いことがわかっています。
”Think FAST” campaignについて
本邦において高齢者が増加するなか,高齢者の転倒・転落といった低エネルギー外傷によるTalk & Deteriorateを防ぐために日本脳神経外科学会,日本救急医学会,日本脳神経外傷学会,日本脳卒中学会,日本循環器学会が中心となり,「“Think FAST”campaign」が2018年3月からスタートしました。
このキャンペーンは,高齢者頭部外傷(特に抗血栓薬内服者)の危険性を患者さんに理解してもらうとともに,医療関係者への啓発も大きな目的となっています。
その内容は,
①抗血栓薬内服中の頭部外傷患者は,軽症であっても病院受診が必要であるということ
②待合室で待たせるのではなく,迅速に画像診断を行い,出血の有無を確認すること
③もし,出血を認める場合は,軽症であっても最低24時間は厳重に神経症状の観察を行うこと
④外傷性頭蓋内出血に対しては,適切な薬剤にて適切なタイミングで抗血栓薬の中和と再開を行うこと
を啓発する活動です。
医師啓発 患者さん指導箋は,日本脳神経外傷学会のホームページよりダウンロードできます(2019年7月4日現在)。
とても参考になる内容なので,ぜひ一度,ご覧ください。
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高齢者,特に抗血栓薬服用例の頭部外傷では,迅速な画像検査によって死亡を回避できる例が存在します。医療関係者もその危険性を十分に理解し,適切な対応が求められているといえます。
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