(2019.9.23)
代表医師の中嶋です。
今回は、交通事故による高次脳機能障害に関して,脳損傷の程度を推測する指標の一つである「外傷後健忘」について解説します。
医学大辞典(南山堂 第19版)によれば,健忘とは,「過去の出来事を思い出せず(逆行性健忘),新しい出来事も覚えられなくなる(前向性健忘)状態」と説明されています。
余談ですが,「健忘」の字を見ると,特に「健」という漢字からは,「健やか(すこやか)」という意味がすぐに思い浮かぶことから,「すこやかに忘れる???」とは一体どういう意味だろうと,以前から疑問に思っていました。
そこで,「健」という漢字の意味を調べてみると,「健やか(すこやか)」という意味のほかに,「程度がはなはだしい,ひどい」という意味もあるそうです。つまり,「健忘」とは,「はなはだしく忘れる」「ひどく忘れる」という意味を表し,ようやく腑に落ちた次第です。
さて,交通事故によるものを含め,頭部外傷後の急性期に健忘を認めることがあります。これを外傷後健忘といいます。
2018年5月31日付の「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について」(報告書)では,高次脳機能障害審査の対象とする事案として,外傷後健忘が1週間以上続いていたことを挙げています。
この点について,同報告書は高次脳機能障害の審査対象として,漏れがないように留意すべき条件の一つを挙げているにすぎず,高次脳機能障害の診断基準ではないことに注意が必要です。
したがって,外傷後健忘が1週間未満だからといって,高次脳機能障害を否定することはできません。この点は誤って理解されている場合が多いので,ご注意ください。
外傷後健忘の期間の長さは,予後予測に有用とされています。つまり,外傷後健忘の期間が長くなるほど,機能的自立度も回復しにくいといわれています。
そのため,高次脳機能障害の審査で用いられる資料「頭部外傷後の意識障害についての所見」においても,外傷後健忘の長さについて記載する欄があります。
この外傷後健忘の長さについて,じつは意識障害の推移と矛盾する記載が少なくありません。
例えば,次のように記載されているとします。
1)「初診時の意識障害」は「JCS 2」
2)「意識障害の推移」は「24時間後」まで「JCS 2」
3)「外傷後健忘の長さ」は「1時間」
この場合,外傷後健忘の期間は,明らかに誤っているといえます。
その理由について説明します。
外傷後健忘の終了時点とは,見当識が回復し,身の回りで起こる日常的出来事を覚えて,後で思い出す能力が持続するようになった時を指します(文献 石合純夫:高次脳機能障害 第2版.東京:医歯薬出版;2012,p. 263.)。
外傷後健忘の終了時点について,その判断基準として,Galveston Orientation and Amnesia Test (GOAT) があります。ただし,我が国では汎用されているとはいえません。
実臨床では,MMSEやHDS-Rで見当識,記憶,注意が回復しているかを経時的に調べてもよいとされています。
外傷後健忘の終了時点では,少なくとも見当識が回復している必要があります。さきに挙げた例では,JCS 2,すなわち,見当識の障害された状態が,受傷から24時間後まで存在していたにもかかわらず,受傷後1時間で外傷後健忘は終了したことになり,明らかに誤った記載といえます。
また,「頭部外傷後の意識障害についての所見」の外傷性健忘に関する記載欄では,「不明」と書かれている場合も多いと感じます。
外傷後健忘の有無や終了時間を評価せず,診療録にも記載がなければ,「不明」とせざるを得ません。
今回は,外傷後健忘の評価における問題点を解説しました。
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