(2020.12.22)
今回は,交通事故による外傷に伴う低髄液圧症候群を取り上げます。
これまで,弁護士の皆さまからも低髄液圧症候群の相談をいくつもお受けしてきました。
鑑定事例のなかには,主治医の個人的ともいえる判断基準によって低髄液圧症候群とされたことが原因で,後遺障害の争いに発展している例もありました。
低髄液圧症候群は,根拠に基づいて正確に診断すべきです。
2019年10月に発行された,『頭部外傷治療・管理のガイドライン第4版』(医学書院)には,「外傷に伴う低髄液圧症候群」という項があります(212~218頁)。
そのなかから,弁護士の皆さまにとって,最重要と思われる知識を以下にまとめました。
・診断にあたっては,日本脳神経外傷学会「外傷に伴う低髄液圧症候群」の診断基準(2010年発表)を用いる。
・この診断基準では,起立性頭痛,あるいは体位による症状(項部硬直,耳鳴,聴力低下,光過敏,悪心)の変化を有することが「前提基準」となっている。
・「外傷に伴う」低髄液圧症候群とする定義は,外傷後30日以内に発症し,外傷以外の原因が否定的であることが条件である。
・上記「前提基準」+「頭部の造影MRIでびまん性硬膜肥厚増強を認める」で低髄液圧症候群と診断する。
・または,上記「前提基準」+「腰椎穿刺で低髄液圧(60 mmH2O以下)の証明」で低髄液圧症候群と診断する。
・髄液漏出の画像診断法については,確立された方法がない。
・現時点では,CTミエログラフィーが,最も精度が高いと考えられている。ただし,被爆量やヨード造影剤投与のリスクもあることから,スクリーニング法として,非侵襲的とはいえない。
・脳槽シンチグラフィーは,局所解剖の描出ができないため,硬膜外の髄液の漏出について単独では確定的な所見は得られない。
・MRミエログラフィーは非侵襲的であるが,脳脊髄液に特異的ではないから,単独では髄液漏出の確定診断にはならない。
以上の点を踏まえて,弁護士の皆さまが,低髄液圧症候群の事案調査を行うときに,はじめに必ずチェックしてほしい点は次のとおりです。
□ ① 交通事故から30日以内に起立性頭痛,あるいは体位による症状の変化を認めたといえるか。
□ ② 頭部の造影MRIでびまん性硬膜肥厚増強を認めたか
□ ③ 腰椎穿刺で低髄液圧(60 mmH2O以下)を確認したか
特に,①が見られないのに,画像検査(脳槽シンチグラフィー/MRミエログラフィー/CTミエログラフィー)で髄液漏出の所見が疑われても,診断基準上の前提基準を満たしていないため,低髄液圧症候群と判断するには根拠に乏しいといえます。
『頭部外傷治療・管理のガイドライン第4版』でも紹介されていますが,低髄液圧症候群に関して,海外から報告された論文と,わが国から報告された論文を比較分析した報告があります。2007年の『神経外傷』に掲載された論文です。その内容の一部を紹介します。
■川又達朗ら 外傷に伴う低髄液圧症候群:日本と海外論文の比較.神経外傷 2007; 30: 21-29.
・低髄液圧症候群の原因として,交通事故によるものは,海外の論文で20%に対し,わが国の論文では69%と非常に高かった。
・わが国の論文では,受傷後,数か月から数年を経過して発症し,診断されている症例が多かった。
・起立性頭痛の有無について,海外の症例ではじつに86%で認めたが,わが国の症例では55%しか認めなかった。
・造影MRI上のびまん性硬膜肥厚増強は,海外の症例で93%に認められたが,わが国の症例では49%にしか認められなかった。
・外傷に起因する低髄液圧症候群の転帰について,海外の症例では,93%が治癒したのに対し,わが国の症例では,治癒はわずか22%にも満たなかった。
以上のことから,わが国で報告されている外傷性低髄液圧症候群が特異な臨床像を呈していることは明らかで,ブラッドパッチにより治癒に至らない症例では,低髄液圧症候群以外の病態が合併している症例も多いと指摘されています。
そして,この報告から3年後の2010年に,日本脳神経外傷学会から前出の診断基準が発表されたのです。
最後に,重要な点を繰り返しになりますが,もう一度,強調したいと思います。
弁護士の皆さまが,低髄液圧症候群の事案調査を行うときに,はじめに必ずチェックしてほしい点は次のとおりです。
□ ① 交通事故から30日以内に起立性頭痛,あるいは体位による症状の変化を認めたといえるか。
□ ② 頭部の造影MRIでびまん性硬膜肥厚増強を認めたか
□ ③ 腰椎穿刺で低髄液圧(60 mmH2O以下)を確認したか
以上です。本稿が,皆さまの低髄液圧症候群に対する理解の一助となれば幸いです。
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