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  • 執筆者の写真脳神経外科専門医 中嶋浩二

未破裂脳動脈瘤への対応~治療する? 治療しない?~


未破裂脳動脈瘤を発見した脳神経外科医は、目の前の患者さんに対してどのような判断を下し、どのような行動をとるべきか。これは脳神経外科医にとって重要な課題であり、弁護士の皆さまにとっても医師がどのように説明すべきかを知っておくことは有用だと思います。

そこで今回は、未破裂脳動脈瘤治療に対する脳神経外科医の考え方について、今年のはじめに発表された論文を紹介します。(なお、この論文は、インターネット上でJ-STAGEより検索できます。)

髙橋 淳、片岡大治、佐藤 徹ら:未破裂脳動脈瘤治療における「判断と行動」.

脳外誌 25:4-14, 2016

1.わが国の脳動脈瘤の現況

・2013年の国内くも膜下出血(以下、「SAH」という)死亡総数は約1万2千人

・これは18年前と比較して13.5%減少

・国内SAH新規患者数は年間3万人程度と推定されるが公的統計はない

・2010年の破裂脳動脈瘤に対する治療件数は1万8047件(9年間で5.9%減少

・治療の内訳はクリッピング1万3607、コイル塞栓術4,440

・一方、2010年の未破裂脳動脈瘤治療件数は1万6008件(9年間で67.6%増加!

・治療の内訳はクリッピング1万864、コイル塞栓術5,162

2.データの解釈

・臨床現場における未破裂脳動脈瘤の治療目的は、個々の患者のSAH防止にある

・さらに未破裂脳動脈瘤の発見と治療介入が国内SAH数の減少に帰結することが期待される

・しかし、上記データからは、未破裂脳動脈瘤の治療件数は著しく増加しているものの、SAH数が大幅に減少しているとは考えられない

・未破裂脳動脈瘤治療がSAH数の減少として反映されるまでにはタイムラグがある?

・しかし、未破裂脳動脈瘤の発見・治療が国内で加速しはじめてから四半世紀以上が経過している(日本脳ドック学会の発足は1992年)

3.脳動脈瘤の発生と破裂

・SAHでみつかる小型脳動脈瘤の多くは、脳動脈瘤が発生した後、すぐに破裂に至ったものであり、破裂を免れた脳動脈瘤の多くは、以後、破れることなく長期経過しているのでは?

・実際、破裂脳動脈瘤の急性期手術で3-4 mm程度のきわめて小さな脳動脈瘤であることは多い

・小型脳動脈瘤の自然歴は次の3型に分類できる

Type 1:発生後、短期間で破裂

Type 2:発生後、破裂せずに小型のまま長期安定

Type 3:発生後、増大して慢性期に破裂

・検診で偶然発見される小型脳動脈瘤のうち、相当数がType 2だと推定される

・現状でType 1の予知は検診では不可能であり、Type 2とType 3を選別して、Type 3のみに集中的に治療介入することが破裂防止の鍵となる

・ただ、現在の医学水準では、発見前の経過を推測できないため、Type 2とType 3の選別は、発見時のサイズ、形状、その後の形態変化、さらに年齢、SAH歴などのリスク因子をこれまでの観察研究データに照合し、総合的に判断するしかない

4.破裂率に関する他施設共同前向き研究 UCAS Japan (日本 2012年)

・国内283施設で約4年間に新規診断された径3 mm以上の未破裂脳動脈瘤5,720人6,697病変のデータを解析

・全体の破裂率は0.95%/年

・破裂率が上昇するサイズの境界は径7 mm

・破裂の危険因子は、前交通動脈およびIC-PCの動脈瘤、blebを有するもの

・SAH歴、多発性、家族歴は破裂リスク上昇に関与しなかった

5.破裂予防のための「判断と行動」

・欧米の研究では破裂率がほぼゼロのサイズでも、日本人では破裂している

・UCAS Japanでも、径3-4 mmで0.36%/年、5-6 mmで0.50%/年の破裂率

・これらは、高齢者では無視できても、余命の長い若年者では問題となる

・今後X年間の累積破裂率を「1-(1-年間破裂率)のX乗」として計算すると、破裂率0.5%/年の脳動脈瘤の25年間累積破裂率は計算上12%に達する

・高齢者の場合、脳卒中治療ガイドライン2009では、未破裂脳動脈瘤の治療適応として、10-15年以上の余命があることが第一に記載されていた(なぜか脳卒中治療ガイドライン2015では、この余命に関する条項が削除された)

・肺癌、大腸癌、胃癌などの悪性腫瘍の好発年齢である高齢者の場合は、未破裂脳動脈瘤の治療を開始する前に、まず患者の全身を総合的に検索する慎重な姿勢が求められる

・一方、例えば径10 mm以上の日本人の前交通動脈、IC-PCの動脈瘤の破裂率は5%/年を超える。10-15年間の推定累積破裂率は40-55%に達し、加えて高齢者のSAHは予後不良である

・このような未破裂脳動脈瘤については、日常生活が自立し、悪性腫瘍やその他の重篤な疾患がなければ、治療介入の可能性について、患者・家族と協議することはきわめて妥当である

まとめ

臨床現場では、脳神経外科医が未破裂脳動脈瘤について患者さんに説明するとき、この論文で述べられているような内容をしっかりと頭に入れておく必要があります。多くの患者さんは未破裂脳動脈瘤が見つかった、ということだけで精神的に動揺しています。そのため、説明する側はわかりやすい言葉で十分な時間をかけて説明することが大切です。説明書だけを患者さんに渡して、あとは読んでおいてください、という対応ではなく、患者さんの疑問にも丁寧に、そして患者さんが理解できるまで何度も説明する姿勢が患者さんとの良好な信頼関係を築く上でも欠かせないと考えます。

今後も弁護士の皆さんにとって有用と思われる最新の文献を紹介していきたいと思います。よろしくお願いいたします。


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